2018 11/14-12/7 調 永田治子展

調 永田治子展

2018年11月14日(水)-12月7日(金) INOAC銀座並木通りギャラリー

永田治子  花を生ける空間〜花の迷宮〜

                               文・篠原 弘(美術評論家)

 永田治子の花の個展をみた。画人の狙いや焦点が多くて私は錯乱する。
 大胆な白の空間。ストロークを生かした青い刷毛跡。花の葉脈や茎の黒線。
 描写は具体的でも写実的でなく、色彩は再現調でない。強弱肥痩の刻線。自動筆記の如き線の震え。繊細な花芯の手触り。色彩のにじみ。花の儚さ、漂う優麗さ。花びらが周辺を色づかせる。花形や色あいを写した本格派の重量感。色鉛筆の線から匂う囁き。細い茎の不整脈。危うい花の存在感。和風様式、和風空間の活用。
 硬質なガラス絵の額縁は、黒子である無地のキャンバスで覆われており、その遊び心が愉快だった。一辺がほつれて風にそよぐ麻布。青く塗りあげたその布を緩く留めた画布。
 永田治子は静岡県の温暖な地で育った。女子美で彫刻を学び、公募展にはじめ彫刻を出品。その後、恩師・桑原巨守のアドバイスを受けて絵画に手を染める。ほどなく花をモチーフとして、彩り、音、香り、温度、気配などの五感を意識した空間を研究しだす。
 ふつう五感と言えば、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚だが、彼女の五感には味覚の代わりに気配が入る。空間を染め上げる第六感こそが重要らしい。永田は花の静物画ではなく、黒い花の痕跡とその周囲の空気感のようなモノをみているらしい。物体としての花のトルソだろう。いまではフェイクの花木が多いが、彼女の花は本物が醸し出す生気だ。古民家などの古い日本家屋への郷愁。和風建築と自作とのジョイント。洋風建築の一角やブティック内でのコラボ。展示空間が変容すると、花作品自体も変幻する。彼女の表現は理知的でシンプル。
冷静な情熱、計算された一途さ、來雑物排除の合理性、美への純粋性などが際立つ。それでいて心に沁みるブルースの味わい。ソウルフルな余韻もある。空間があって日美は成立する。
 ジョージア・オキーフや三岸節子の花とは異なるが、その花はオキーフのようにドライな空間が良く似合う。三岸は花の精気に憑かれて形のない花邑にいた。永田も花の魔力、花の磁場から離れられない。花は永田にとって特別なテーマ、抽象的・象徴的なモチーフだ。
 好きな作家や影響を受けた芸術家は特に居ないらしいが、強いて三名を挙げてくれた。
 魂のもっとも深い情感を表現したとされるイタリア現代具象彫刻のマンズー。そぎ落とすことで本質に迫り、外見は抽象だが実は現代具象彫刻の祖とされるブランクーシ。ルネサンスの天才「春(プリマベーラ)」と「ヴィーナス誕生」のボッティチェリの三作家である。
 私はこの三巨匠によって、ようやく永田の花空間が少し理解できたように感じる。
 彼女は生花の魅力よりも、花が支配しうる立像空間を多方面から研究しているに違いない。花は時空を超えうる女神。花のしなやかさ、強靭さ、屈折、変容、転生。希望、絶望、救済。 
 花の迷宮こそが、永田治子の造形空間を、無尽蔵に創り出す。(了)